あさり
先日、スーパーで、こんぶを買ったとき、これは快挙だな! と思ったのでした。
子どものころ、昆布が好きではなく、母がお弁当でおにぎりにこんぶを使うのを
憎らしく思っていたのでした。
注釈)ちなみに私の「好きではない」は、しかしふつうにもぐもぐ食べる程度の好きではない、なんですが。
でも、こんぶを買ったそのときは「あ、こんぶたべたいからたべよう」みたいな感じで、
それまでも、子どものころ嫌いだったものがいつの間にか食べられるように、それどころか好きにさえなっていたなあ、と常々思っていたのですが、それにしてもこんぶは、私の中では
出てくれば食べるし好きだけど、まあ買うことはないでしょう、という程度に
敵対心が残っているとおもっていたのですが、それが、食べたくなって、
買ってしまったという。快挙。
それとおんなじ話なのですが、
子どものころ、あさりが苦手でした。
ときどきザリッて砂を噛んでしまうのが嫌だったんですよね~~。
しかも、あさりはこんぶと違って、砂抜きをせねばならず、あさりも大人になってからけっこう好きになったのですが、調理の手間も考えて、まあ買うこともないだろうと思っていたのですが、
買ったよー
砂抜きして、お味噌汁と、アヒージョにしたよー。
おいしかったー。
子どものころ苦いとか辛いとかで嫌いだったものの、大人になってむしろそこが
おいしく感じる現象って、なんなんですかね?
これは、すべてのひとに起こりうることでしょうか??
そういうのがおいしく感じられるように成長するひとと、ずっと嫌いなままで成長するひとがいるのかな?
というのも、大人になっても好き嫌いを主張するひとって、「子供のころから嫌いだから食べない」というひとがままいる気がするのですが、それは、味覚が変わらなくて嫌い、というよりは
子どものころ嫌いだったものを食べる勇気を持たず成長した、という話である気がするんだよなあ。
でも、大人になって、「大人になってから●●が食べられるようになった」(味覚が変わっておいしいことに気付いた、というよりは嫌いだけど克服したというひと)にたいしては、
大人なんだから、別に、好きなものだけ食べればいいじゃーん、ともおもう。
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